農地相続

戦後の改正相続法は、家督相続制度を廃止し、均分相続の原則を採用しました。一方で農地改革は、地主小作制度を否定して、耕作者に農地の所有権を付与し、家族労働にもとづく自家経営の展開を保障する自作農主義を確立しました。そこで、農地その他の農家財産の所有者である世帯主が死亡した場合、民法の原則により遺産が共同相続人に分割されることになると、ただでさえ零細な経営規模の細分化をまねき、自作農主義の基礎をほりくずすおそれがあります。ここで農家の経営規模の維持と均分相続制の調整が重要な問題となります。これまで、その調整のための特別法案の検討と、これに関連して農家相続の実態調査が行なわれてきたという経緯があります。

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調整の問題は、相続法改正当時からすでにとりあげられていました。昭和二二年および二四年の二度にわたり、農業資産について均分相続の例外をもうけようとする農業資産相続特例法案が国会に提出されたが、いずれも審議未了に終わっています。その結果、法制上は農家にも民法の均分相続の規定が通用されることになりました。これに対応して、昭和二四年には、農地調整法施行令が改正され、農地調整法四条よる農地の移動統制の除外項目のなかに、遺産の分割により農地の権利を取得する場合を入れて、相続による農地分割は、移動統制にかからないことを明らかにしました。この考え方は、昭和二七年に制定された農地法にひきつがれ、現在に至っています。
昭和二八年ごろには、憲法改正論に関連して家族制度復活論とむすびついた相続法改正論が主張されましたが、広汎な反対運動の前に後退を余儀なくされています。昭和三○年代の後半には、高度経済成長政策と開放経済体制展開に関連して、農業基本法が制定され農業構造の再編成と農民層の分解が促進されることになりました。同法のなかで、育成すべき自立農家に対しては、家族農業経営の細分化を防止するため、遺産をなるぺく共同相続人の一人がひきつぐことができるよう必要な施策を講ずるものとされました。この必要な施策に関して、農林省は、農業資産相続特例法案の検討を開始しました。税制上の措置として、租税特別措置法の改正により、昭和三九年には農地等の一括生前贈与の特例がもうけられ、昭和五○年には農地等の相続税納税猶予制度がもうけられています。
日本私法学会が昭和二六年に全国的規模で行なった農家相続の実態調査では、調査対象戸数二四一戸中、相続によって農地の分割をしたものは四戸にすぎないことを明らかにしました。この事実は、家族制度復活論とむすびついた相続法改正論を批判するうえで一定の役割を果たしたといえます。それ以降、全国的な農家相続の調査は数次にわたって行なわれました。それらの調査では、農家の財産承継は、死後相続によって行なわれるだけではなく、生前分与を通じて行なわれるのであるため、これをも含めて考察すぺきであるという視点のうえにたって調査が進められ、おおよそ次のようなことが明らかにされました。
農業後継者以外の共同相続人の多くは、被相続人の生前に、様々な形で生前分与をうけています。例えば義務教育以上の教育費用、結婚の費用、独立のための資金、居住用の土地や建物、家計補助用の田畑などです。死後相続においては、そのような後継者以外の相続人への生前分与を前提として、後継者に農地および農業資産を一括して承継させるのが普通です。この場合、共同相続人は、相続の放棄、遺産分割協議書の作成、民法九○三条による証明書の作成などの手続によってそれを行なっています。その際に、共同相続人間に生前分与についての大きな不公平があれば、なんらかの形で調整的配分が行なわれますが、多くの場合後継者の経営承継のなかで解決されます。このように、後継者以外の相続人への財産分与は、農業経営の維持、存続が前提とされ、農地分割よりも金銭的分与が強化される傾向が強く、したがって相続時において農地が分割される例は、それほど多くはありません。以上のようにして、農業経営の維持と後継者以外の相続人の利害を調整する農家相続の構造が、民法の均分相続制の下で形成されてきたのです。この事実は、法規上均分相続の特例をもうけることが意味のないものであることを明らかにしたといえます。このような農家相続の実態は、昭和三七年の調査および昭和四三年の調査において共通にみられた傾向です。ところが、その後の社会的諸条件の変化、特に都市化の進展は、この調査の時点でもある程度傾向化の出ていた農家相続への影響を、いっそう顕著なものとしました。つまり都市化地域においては、兼業化、脱農化の進行と地価の高騰が、農地の資産的傾向を強め、共同相続人の遺産要求と農地分割をうながしました。その場合、跡継ぎの兄弟のみならず、老後の生活不安を感じる生存配偶者や、跡継ぎの姉妹もその当事者としてたち表れてくるのが特徴的です。しかし、これらの者に対する分割の多くは、跡継ぎ世帯内の者に対する分割か、あるいは宅地用の僅少な土地の分割であるため、それ自体は必ずしも経営規模縮小の大きな要因とはなりません。むしろ経営規模の縮小に影響を与えるのは、多額の相続税の捻出のための農地のきり売りや、転用を予定した農地の処分であるといわれます。以上は、農家相続の一般的趨勢であるため、地域および階層によって、ある程度の偏差がありうるのはもちろんです。

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