農村住宅の慣行

古くから、日本の農村では、住宅の新築にあたって、家族労働力を始めとする親類、近隣の労働力の提供によって、工事がすすめられる慣行がありました。この場合の労働力の援助は、ゆい、手間返しなどによる無債労働力であって、農家生活が血縁的、地縁的な結合によって支えられ、維持されてきた一面をよく示しています。労働力の提供をうける作業は、伐木、原木運搬、製材、旧宅の取壊し、整地、基礎工事、棟あげ、屋根葺き、小舞かき、壁土こね、荒壁つけなどです。このような作業に素人が参加することは、工事全体の質の低下をまねき、旧来の工法に依存し、新技術の採用を拒む弊がありました。しかし、農業経営の多角化による農閑期の消滅、兼業の増加によって労働力の提供が困難になってきました。施主側も一日の労賃水準に見合う保証なしでは、手伝いを頼みにくく、労賃水準が年々上昇しているので、それだけの謝礼を支払うことは容易ではありません。謝礼を出すなら、専門職人を頼む方がよいということにもなります。このような情勢のもとで、地縁的、血縁的結合による労働力の提供は崩れてきて、これを規制してきた集落の力も消失していきました。従来の建築慣行も、農村が閉鎖的な経済環境のなかにあった段階では、生活維持のための必要手段でしたが、最近のように外部経済との交流がさかんになり労働水準の比較ができるようになったときには、慣行の崩れは当然のことでした。

スポンサーリンク

農村におけるゆい、手間返しなどの建築慣行は衰退しており、大工や工務店などに一括請負形式で工事を依頼することが増加しています。また、都市近郊では建築設計事務所に設計を出すこともみられるようになっています。このような変化は、在来の技術にのみ依存していた田の字型間取りの住宅から、新技術や工法、新建材などの採用された新住宅の出現をもたらしています。また、住宅金融公庫や農協の系統機関などによる住宅資金の貸付が行なわれるようになり、これらでは融資に当たって新しい農村住宅造りを狙って、設計上の指導を積極的に行なっていきました。しかし、手続の煩雑さや規模の制限その他、必ずしも農村住宅を対象とする場合、適応しない条件があるので、現実ではそうした融資をうけるよりは、自己資金で建設するという傾向がかなり強く出ています。しかし、いずれにせよ、農村にも新しい技術や工法、新建材などを駆使して、自由に設計しうる素地と可能性がすでにでき上がっています。これは、今までの農村住宅の永い伝統的状況を考えると画期的なことであるといわねばなりません。
日本の農村住宅には、過去の生活様式に規定されて建築された建築経過年数の古いものが多数現在しています。このような住宅の老朽化現象は、そこに住む人たちに老朽化による構造上の不安や、現在の生活にそわないという住宅に対する不満を与えています。この不満は今日の生活様式とのズレを埋めようという要求を生み、これが住宅の改善や新築をうながす契機となっています。農家世帯と勤労者世帯の住宅改善の状況を比べると、農家世帯に改善がさかんなことが明らかとなります。これは、農家経済の上昇に支えられて住生活の不満を埋めるため、老朽住宅の改善が盛んに行なわれていることを物語っているものといえます。住宅の老朽化現象は、年々新築される住宅によって更新され、修理によって維持されていくのですが、農家の住宅改善が活発であるとはいっても、まだ農村住宅の老朽化をカバーするほどには至らず、新築や維持修理の状態も完全ではありません。いま仮に農村住宅の耐用年数を60年とすると、600万戸の農村住宅の更新が円滑に行なわれるには、年間10万戸の新築が必要であるのに、現実には1万戸足らずの住宅が新築されるにすぎないのです。
戦前の農村住宅には、土地所有階層を象徴するものがみられ、地主層の住宅は規模も大きく、材質も吟味され、立派な接客空間を設けて、家産を誇示するものでした。これに反し小作層では、規模は小さく、材質も貧しかった。戦後の農地改革は、小作農の自作農化をもたらしましたが、その当時に新築された旧小作農の住宅には、旧地主層の住宅を真似たものが多くみられました。この頃はまだ、家父長の意見が絶対的に家族を支配し、これが間取りを決定していたのであって、そこにみられるものは、土地所有者となった旧小作層が、旧地主層の住宅と同じようなものを表現したいという絶対的な願いでした。それが、生産基盤も平準化してきた昭和30年以降になると、上述のような住宅に対する要求は姿を消し、住宅内からの農用空間の排除、個室の確立、設備の充実などを住宅に求める傾向が一般化してきます。この頃になるとこれまでは家のなかに包摂されていた家族の自己が家から分離し、自我が確立してきたのであって、この段階になって、はじめて個室化が農家の内側から要求されるようになってきます。生産基盤の平準化は、意識の変革にまで及び、このような過程を通って、住宅に対する要求も住生活の向上に向けられるようになってきたのです。古い住宅のもつ前近代性が、新しい生活に対応して変容していくのです。
農家の生活水準は、年々向上していますが、これを農村地域に押し拡げて考えてみると、生活環境や社会文化的施設、社会保障の問題など施設や制度の整備の立ち遅れが目立ち、都市生活者に比して享受できるものが少ない。近年になってようやくこの点の格差是正のための施策が講じられるようになりましたが、いまだその実を結んではいません。一方で農家人口の流出の著しい過疎地帯では、生活を営むに必要な集落規模の成立を困難とし、生活維持の基礎条件である教育や医療などの地域施設の存立も危うくなっています。
最近の農村には、農家が個々に解決できない問題が、生活面にも生産面にも多く生じており、これらは地域社会との関係で解決していかなくてはならない課題です。

田舎暮らし

農村社会の変容/ 農村住宅の慣行/ 農村住宅の史的展望/ 既存農村住宅の空間構成/ 新築の農村住宅/ 居住用空間の形成/ 農村住宅の居住空間/ 漁村の居住地/ 漁村住宅の特長/