農村住宅の史的展望

農村住宅の改善は、それほど新しい命題ではありません。住宅そのものの耐用年限が比較的長いのに、それに盛り込まれる生活が、きわめて流動的であるため、生活の変化に伴い、住宅が不調和になってきます。そこでそれを改めて、新しい生活様式に合致せしめようとする配慮が不断におこります。よって住宅改善ということは、いつの時代にもあり、古くて新しい問題であるともいえます。このような発想から住宅改善の意味を考えると、いかにも漠然として、その核心をつかむことが困難になります。すなわちそれはとくに意識的であるかないかを別にすれば、事の大小を問わず、誰もが常に当面する成長への段階的現象にすぎないからです。なおそれを一つの生活向上のための課題として示し、具体的な活動として実行するかしないかに限界があるに過ぎません。しかし問題をそうした広い視野にたってのみ取り扱っているかぎりにおいては、とりたてて住宅改善を考えるところにまでは、話が発展しません。そこで目的意識をもった一つの組織的な活動としてとらえる場合にだけ、問題を極限するならば、長い生活の流れのなかに、そのいくつかの点在が,やや明瞭に色どられてきます。

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意欲的かつ組織的な活動となると、実はさほどに顕著な足どりを見せません。それは住宅というものの本来的な性格からいって、これを、根本的に改変することには常に経済的制約があって、集団的な成果を期しえないからです。したがって人によっては、意欲だけは十分にもっていても、それを直ちに満足せしめられることなく、部分的な改造なり設備の改装なりで、当面の欲求を一時的に、または段階的に、くいとめるにとどめなければならない場合もあります。しかもそれが単なる個人的なトピックスであったり、あるいは末梢的なものであったりもします。そうなると時代的なマクロの波のなかに埋没し見失われてしまう懸念もあります。このように見てくると、大きな死角の生じるおそれがないとはいえません。もちろんそこには資料の欠如も一つの要因となることもあります。
明治以前の状態は、残念ながら明確ではありませんが、江戸期にしばしば発せられた諸般の奔移禁止令は、住宅を規制するのに役だったばかりか、見方によっては、消極的な改善の一つの指標であったと見られないこともありません。そこで思い出されるのは、上総における農民指導者大原幽学の階層別規格住宅の提案や実施と、秋田の老農石川理紀之助がなしとげた数々の業績です。これらはいずれも行政的支配階級の命令ではなく、農民のなかの先達の提唱にはじまり、やがて一部の信奉者の追従によって、ある程度組織的に行なわれた住宅改善運動とみなすこともできます。しかしこの両者の提案の底流には、やはり貧困に対する一種の勤倹奨励的意図と、長い封建制に対する遺風の残留が認められます。当時の世相のなかにあっては、このような方策も、先賢の指導方針としてやむを得なかったのかも知れません。
しかし前者における宅地移転に伴う地区整理は、それがたとえ部落内の一小部分の業績であったにせよ、農村集落計画史上特記すべきことといえます。時が暮末動乱期であったがため、このような前代未聞の業績も、為政者の無知と誤解とから、十分なみのりをみることなく、威圧の下に屈服させられたのは残念です。
石川理紀之助は明治21年に、農村婦女子を対象に、生活改善運動を展開し、諸種の会合を関いてその主旨の徹底を計りました。これはやがて大正期に入ると、婦人の農事懇談会が各地に開設されるに至りましたが、その先駆をなすものです。このころ彼自身は、在来の住宅をすてて、屋敷内に小舎を達てて居住し、最小限住居の範を示しています。しかしこれより少し以前にイギリスやアイルランドでは、すでに農家住宅の改良問題がとりあげられていたことが報じられています。その詳細は不明ですが、たとえ方法はいかようでも、日本の一部指導者によっても、住宅改善が着目されていた事実は責重です。それと呼応するかのごとく、明治23年には、後藤達三が農業建造物に対する設計方針というものを発表しています。それによると、今後は住宅よりも生産施設に重点を置くべきであると説いています。そこに伝統的な農本思想の片鱗をうかがうことができます。当時はあたかも日清戦争の準備時代で、おそらく民心をして生産第一主義に誘導しようとする政治的意図があったのではないでしょうか。さらにまた時を同じくして、船津伝次平が国益増進の目的からか窓の改良を提唱しています。後藤の指導が国の極端な緊縮政策に同調した、いわば住宅改悪運動であっただけに興味ある問題です。
日清戦争は明治28年に列国環視のなかに終結して、日本は戦勝国の栄誉を獲得したのですが、国力は極端に消耗してしまいました。そこであらためて農業の振興が重要になりました。屋敷林が干庭への日射を妨害するものとして、これの伐採を強調するものも出てきましたが、それは一面、保健衛生上、居住環境の整備対策としては有意義でした。

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