栄養水準の向上

生物はその棲息する環境に拘束されるため、その栄養採取の方法も限定され、その環境に適応した生物だけが生き残り、かつその増加にも一定の限界があるにちがいありません。しかし、生物の適応性は可変的で、その環境に対応して自分をある程度変様させることができるため、生物の生存の可能性はそれだけ拡大することができます。しかし、反対に生物が自分に合わせて環境のほうを変えることはなかなか容易なことではありません。それをなしうるのは人間ぐらいのものです。したがって、人間の食生活は環境に支配されるばかりでなく、人間自身によって変化させられるものです。

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人間は農業を発見するに及んで食糧の安定供給を確保し、若死を防いで人口を増加させ、食糧獲得に要する時間を節約して文明の基礎を築きました。もちろんこれだけで資糧問題は解決したのではありません。農業は自然の災害から自由ではなく、文明が逆に農業を破壊することもあり、社会体制によっては栄養状態が悪化することさえおこりました。
しかし、歴史を通じて食糧の供給条件は徐々に改善され、それが経済発展の前提となるとともに、社会の近代化によって栄養状態は著しく充実してきています。しかし、会生活の近代化はひとつの文化現象である以上、栄養の改善だけを目的としているわけではありません。そこに現代的問題の発生する原因があるのですが、まずは栄養消費の実体を資料に即していくと、日本の1人1日当たり熱量済費は、明治末期に2,100カロリー弱であったものが、大正末期には2,300カロリー弱にまで増加しました。しかし、その後は徴滅して戦争に突入し、戦後で戦前の最高水準をほぽ回復するのは、昭和30年代のはじめでした。それからは順調に増加して、昭和48年には2,500カロリーを越えました。1人1日当たりタンパク質の消費についても、熱量と同じ動きが認められ、戦前の最高は約67グラムで、戦後は上昇をつづけて昭和48年には79グラムに達しています。これに対して糖質は昭和初期の徴滅があまり目立たず、戦争直前に18グラムに達しましたが戦後も増加をつづけて、昭和48年には59グラムを記録しています。
栄養は各種の食糧から供給されるのですが、栄養総量に占めるその割合は時代とともに変化します。日本の場合、熱量とタンパク質とにおける米の役割はかなり大きく、明治未期で米は熟量の56%、タンパク質の40%を供給していました。その後その割合は低下して、昭和48年で熱畳の35%、タンパク質の20%を占めるにいたりました。
小麦の消費は戦後増加しましたが、概して穀類、イモ類のデンプン質食糧の割合は滅少傾向を示し、いわゆるデンプン質比率は明治末期で熱量の82%、タンパク質の58%でしたが、昭和48年には52%および34%ヘ低下しています。また脂質についても、デンプン質比率は明治末期で32%、米だけで21%を占めているため、けっして小さくはありませんが、これが昭和48年になると、デンプン質比率で5%、米だけで3%へと激滅します。
タンパク質と糖質のいまひとつの主役は豆類です。明治末期で豆類はタンパク質の18%、脂質の32%を占めていました。この割合はその後低下して、昭和48年にはタンパク質の10%、脂質の7%になっています。このように、日本では米を中心にして、デンプン質食糧と豆類とが過去において主役を演じたのですが、いまではその役割は縮小して、その代わりに他の食糧がその割合を上昇させてきています。

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