食糧問題と農業問題

農業経済において食糧問題と農業問題ということがしばしば議論されていますが、食糧問題とは食糧の需要に対して供給が不足していることから発生するものであり、農業問題とは農産物の需要に対してその供給が過剰なときに起こる問題です。いずれの場合も需給の不均衡に由来していることであるため、その限りではいついかなる場合でも、このふたつの問題のうちいずれかはひとつは常に存在しているということができます。しかし、これは一般には偶然に出現するものでなく、歴史の発展過程において発展構造そのものの中から生まれてくるものです。経済発展は資本を蓄積することによって分業を拡大し、進歩した技術を採用して生産性を向上し、結果として1人当たり国民所得を増加することによって、福祉を増進します。経済発展が開始する寸前の社会では、一般に農林水産業が唯一最大の産業であったと仮定することができるため、経済発展とは一般に工業化を軸にして、そのような社会の中に農林水産業以外の産業を確立し、拡大させてゆくということになります。その結果、経済発展につれて、農林水産業は生産の絶対水準を上げていくにしても、その経済全体における相対的地位を低下させていかなくてはなりません。農林水産業の産業所得ならびに就業者の割合は減少していかざるをえません。この状態は日本ばかりでなく、国際的にも広く認められるところです。

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経済発展の初期における唯一最大の産業が農林水産業であるとすれば、農林水産業以外の産業、特に工業の拡大はすべて農業に仰がなくてはなりません。この段階における農林水産業の役割はきわめて重要です。第1に工業生産に必要な労働の供給、第2に工業を運営していくための資金の捻出、第3に工業原料や機械を輸入する見返りとしての農林水産物の輸出、第4に工業従事者を養うに足りる安い食糧の提供、第5に政府の近代化施策に要する税金の確保、第6に工業製品を輸入する市場の提供などは、すべてが農林水産業の負担になるわけです。農林水産業の生産性が向上しなくては、これらの課題を解決することはできません。仮に農林水産業の生産性を向上せずに、工業を行なったとすれば、資本や労働の生産要素が農林水産業から工業へ流出していってしまいます。したがって農林水産業は滅産せざるをえません。農林水産業の主要な生産物が食糧であるとすれば、食糧不足が発生することになります。つまり、経済発展の初期段階、いわゆる離陸期は常に食糧問題を抱えているということになります。この食糧問題を解決するためには、農林水産業の生産性を向上させる必要があります。農林水産業における生産性の向上が経済発展の先行条件であるとすれば、農林水産業における技術開発はきわめて大きなものがあるといわなければなりません。農林水産業の技術開発に成功した社会のみが順調な経済発展をとげているのであって、これに失敗した瞬間に深刻な食糧問題が台頭してきます。経済発展の初期はたえず食糧問題の危機をはらんでいるので、それだけ農林水産業の技術開発は真剣にならざるをえません。しかし、技術開発は基礎研究から普及活動まで含めてみると、膨大な規模と時間を必要とし、しかもそこから得られた成果は必ずしも投下費用を賄うとはかぎりません。そこでこの分野の技術開発はその重要性と効率性を考えて、次第に社会化され、国立ないし公立の農事試騒場を中心に推進させるようになりました。
農業技術は開墾的、利水的、生化学的、機械的各段階を通過して発展してきていますが、その社会化された時点は、先進国においては生化学的段階に相当しています。この段階の技術開発は目覚ましく、著しい人口増加があったにもかかわらず、食糧問題はほぽ解決したと考えられるにいたりました。経済発展の進行するにつれて、食糧問題を終息させるもうひとつの原因は需要側の事情にあります。元来、人口増加は経済発展の初期において爆発的に増加し、それが食糧問題発生の一因となっているのですが、経済発展がかなり進み、1人当たり国民所得が増加してくるにつれて、人口増加は低減する傾向をもっています。それでも1人当たり食糧問題の増加が著しければ、食糧問題は依然として残るはずです。しかし、ここでエンゲル法則が働いて食糧問題の継続を防いでくれます。収入が増加するにつれて、家計費に占める飲食費の比率は低下してきます。食糧は生存に不可欠の高品ではありますが、同時に食欲には一定の限界があるため、このような現象が発生するのです。
一方で技術開発が社会化されて、食糧生産が順調な展開をみせ、他方で食糧の需要増加に減退傾向が現われ出すと、生産者が供給を調整しないかぎり、今度は生産が過剰になり、農産物価格は下落せざるをえません。価格下落は農業の場合、そのまま農業生産者の所得低下につながるので、ここに農業問題が発生してきます。農業問題は農産物価格や農業所得が絶対水準において滅少しなくても発生します。農業が一般の経済成長に追いつかない場合、生産者の農業所得は他産業所得に比べて相対的に低位になり、農業と他産業との間に所得格差が発生しますが、この事実をさして農業問題とよぶのです。
技術開発は社会進出のひとつの象徴であるため、これを停止するわけにはいかないと多くの社会では考えています。かといって、人口増加や食糧増加の減退傾向が先進国の歴史の流れであるとすれば、これを逆転させることは非常に困難です。したがって、生産過剰は不可避的に発生することになるため、市場経済を前提とするかぎり、農業資源の再配分は価格メカニズムに即してなされねばなりません。

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