農産物の輸入制限

自由貿易の利益が理論的に証明されているにもかかわらず、現実にはどこの国でも多くの輸入制限が存在しています。自由貿易の利益はその諸前提が存在していてはじめて実現するわけであるため、その諸前提が成立していなければ自由貿易は制限されざるをえません。その場合でも、経済政策的には貿易制限が最善の手段であるかどうかは問題のあるところで、むしろ自由貿易の諸前提を確立する努力のほうが望ましい場合もあり、それができないときでも、国内での課税や補助金のほうが経済厚生の低下を軽徴に防ぐ場合もあります。しかし、いずれにせよ自由貿易の利益だけを強調するあまり現状を非難し、問題の所在を十分に解明しないことは、自己の当面の利益を守るために経済全体の利益を無視して、貿易の自由化に無条件で反対する態度と同様で戒めなければなりません。

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農産物貿易においては輪入国、特に日本は多くの輪入制限を課しています。その最大の理由は自由貿易の利益が静学的に証明されているのに対して、現実は動学的であるという点に存在しているようです。すでに述べたように経済発展は歴史的には一般に農業に立脚して工業化を推進することによって達成され、この過程を通じて需要は農産物から非農産物へ重点を移してゆくため、農業は相対的には縮小産業となります。したがって、農業は技術進歩に適応して生産要素を他産業部門へ移動させ、経営形態を変革してゆかなければならないのですが、この調整遇程には相当に長い時間を要します。農業労働と他産業部門の労働とは質的にかなり異なっている場合があり、移動が必ずしも容易ではありません。また、土地や固定資本も農業から非農業へ転用することの難しいものが多く、農業経営の再編成の過程において農業内部で吸収されてゆかなければなりません。しかし、農業内部における生産要素の転換もこれまた容易なものではなく、一定の調整期間が必要です。もっとも、日本の高度経済成長期においては宅地、道路、工場のための土地需要が強かったのですが、農地法や農業政策のため農地の流動化が制限されたことは事実です。しかし、農地の全面売却は農民にとっては農業経営の停止を意味するため、制度止の制約がなくても、農地の流動化が円滑に進むとはかぎりません。また、かりに農地が急速に非農業用へ転換されていった場合、農業が担っていた自然保護、環境保全的な役割を誰が代行するかという問題が出てきます。さらに、農業経営が集落単位で行なっていた農業生産上の共同作業や社会生活上の慣行も破壊されていくために、農村の経済的、社会的再編成が要請されるわけです。生産要素の移動を急速に展開すれば、農業や国民生活全体に貨幣的、非貨幣的両面での外部不経済が作用することになるのです。
経済発展過程における農業の現実は動学的で、価格伸縮性や生産要素の完全雇用は長い時間を経過してのみ実現するために、短期的には生産要素の完全な移動性や外部効果の完全な欠如は保証されません。完全競争はこれらの保証があってはじめて成立するものであり、自由貿易の利益は完全競争を前提してはじめて証明されます。したがって、農業の現実は短期的には自由貿易の利益をもたらさないことになります。経済政策は自由貿易の性急な実現を求めるべきではなく、その目的に向って長期的な努力が必要です。さらに、農業にはすでに指摘したように価格弾性値が小さいためやくもの巣定埋が作用するために、価格が不安定になり易いという特徴があります。農産物の価格不安定は貿易の自由化によって安定化するとみることもできますが、不安定要因が世界的な規模で同じ方向へ働けば、変動が増幅される場合がないものではありません。世界経済が等質の社会になっているのであればともかく、現実は国別単位の経済から構成され、政治的にナショナリズムが依然強いとすれば、世界の経済不安はこれに対する対策がないかぎり、払拭されず、相互関係が拡大するにつれて、かえって不安が強化される恐れもあります。特に農産物の大口の輪出国や輸入国が少数で,世界の市場がこれらの国の独占的行動に左右されている場合は、経済合理性の実現が困難です。それだけに経済政策としては自由貿易の原理が徹底できるような体制を世界全体に確立する必要があります。
農産物に特有の価格不安定性は世界市場が不完全でなくても存在するため、各時点での価格を基準にして貿易を自由化するわけにはいきません。長期的な均衡個格を設定し、それに対応して国内および世界市場を整備してゆく必要があります。貿易は農産物だけを考慮して行なうものではなく、そこには国際収支や輸送費などの配慮も必要です。これらの要因も短期的に変動するならば、安定した貿易の自由化は行ない難く、特に短期的変化への反応の鈍い農業はその都度大きな変動にさらされることになります。この意味でも世界は経済的に等質な社会を形成してゆく必要があります。経済理論によって証明された自由貿易の利益を実現するためには、その諸前提を国内および世界の現実につくり出してゆく必要があります。

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