農業構造モデル

農民層分解が典型的に現れるとすれば、大経営は農業資本家となり、小経営は農業労働者という経路をとることとになります。この資本家的農業経営が借地方式で営まれ、第三の社会階級である地主が存在して、農業資本家的経営者、地主、農業労働者という三階級の社会集団の配置が形成されるとすれば、古典的地代論の構造モデルとなります。このような典型的配置があらわれるには次のような条件が必要です。大経営と小経営では労働生産性に明確な格差が生じていること。それは大経営にとって決定的に有利となる農業機械、施設が普及することを意味します。この生産性格差に基づいて、大経営は国内の全産業平均利潤率と同等の利潤率をあげることが可能であること。それには大量の農産物を有利に販売できる安定した農産物市場が確立していることが必要です。大経営が十分な農業投資を行なうだけの自己資本の蓄積があるか、または農業金融制度が整備され、効率的な資本市場が作られていること。農業地代を支払っても平均利潤が得られるような条件で借地ができること。以上は、資本主義的な農業企業が成立するための条件です。小経営にとっては農業雇用賃金が小経営による農業所得よりも有利てあること。これは、小経営が農業賃労働者に転化するための条件です。

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農民層分解論は、一国内の資本主義発展が小農社会の構造にインパクトを与えて、質的な変化をおこさせるということでした。この構造変化を機能的な所得分配の面からいえば、利潤、賃金の経済的カテゴリーを成立させるということです。それを社会集団の構造的な配置形態からみると小農が農村ブルジョワジーと農村プロレタリアートに分解するということになります。この構造的視点は、小農集団が分解して、古典経済学が想定したような農業内部の社会集団の配置モデルに到達する経路を、社会体制というマクロ的観点からみたものです。しかし、多くの国では寄生地主的土地制度が変革されて自作農的土地所有が実現した場合でも、なおこのような農村における古典モデル的社会集団配置がみられません。ということは、農業部門内部で、古典モデル的分解に必要な条件、とりわけ農業大経営が有利に成立し、利潤の所得カテゴリーが成立する条件を欠いているということになります。農地改革後の日本農業の推移は、まさにそういう状況でした。そこでは農民層の分解は特殊な型をとり、したがってそこにみられる農業構造も古典的モデルとは著しく異なります。この状況を説明するには、マクロ的な視点から、ひとまず目を転じてミクロ的な接近をしてみる必要があります。
農民層分解の過程を機能的側面、すなわち小農が農業経営によって収得する所得がどういう構成になっているか、という観点からみると、どうなるのでしょうか。資本主義社会の内部で営まれる家族経営的小生産者の所得は、自家労働報酬十その他の報酬からなると考えることができます。その他の報酬の中身は、地代、利潤、利子などです。小生産者は零細ではありますが自己の資本を投入し、自作農であれば自己所有地を使い、自分と家族労働力を使って農業生産活動を行ないます。自作農的小農の所得は、自己の所有する土地、資本、労働力の生産要素に帰属する報酬、つまり地代、利潤、利子、賃金に相当する報酬部分が一緒になったものとみなすことができます。これらの所得部分は、もしこれらの生産要素が別々の経済主体に属しているとすれば、本来は地主、資本家的農業経営者、貸付資本所有者、労働者の間で分配されるはずのものです。それが自作農的小農では、単一の経済主体である小農的経営者の手に入ります。その意味で小農の農業所得は混合所得とよばれます。もしこれらの各所得構成要素、つまり地代、利潤、賃金に相当する部分が国民経済で成立している平均的報酬率に達していれば、小農の農業所得は、それらの報酬の合計であるためかなり高い水準のものになります。もしこのような水準が実現していれば、小農の経営は競争的構造のもとで行なわれているのであるため、競争の過程で農民層分解論が示したような典型的分解が行なわれ、混合所得は、それぞれの所得カテゴリーに分解します。それは、それぞれの所得カテゴリーを受け取る経済主体は別の主体として独立するということです。
このような平均的報酬率の水準に各生産要素の報酬が達しているとすれば、それは各生産要素ごとに効率的な市場が形成されているはずであるため、典型的な農民層分解がすすむことになるのです。
自営業が日本でどの位の割合を占めるかという統計では、労働報酬と自営業主が所有する土地、資本財などから得られる混合所得を得ている自営業主の所得は、国民所得統計では個人業主所得とよばれ、それは農林水産業主所得とその他の個人業主所得とに分かれています。国民所得は生産面、分配面、支出面の三面から把握され、この三つは同じ価格表示の場合等しくなります。個人業主所得は分配国民所得の一項目となりますが、昭和47年の国民所得の18.2%を占めています。雇用者所得が国民所得の58%に当るのに対して、約3分の1になります。個人業主所得13兆94憶のうち農林水産業主所得は29.4%です。このような小生産者は農民層分解論の正統的経路をたどれば、資本主義的企業と賃金労働者に分解する運命をもっています。その意味で、小農は資本主義社会内部では賃金労働者の予備軍です。本来の賃金労働者になってしまえば、もはや混合所得の収得者ではなくなり、所得は企業から受け取る賃金所得だけとなります。その賃金が農業企業家に雇われて入手するものであれば彼は農業労働者であり、就業先が非農業、とりわけ工業企業であれば彼は工業労働者となります。実際の小農分解の経路では完全に賃金所得にだけ依存する賃金労働者にならないで、経営農地の一部をもったまま賃金労働者となります。土地持ち労働者群が大量に発生することとなります。
小農が土地から離れた完全な賃金労働者となるための条件として、賃金所得が小農経営で得られる混合所得以上であること。賃金労働者としての安定が社会的に確保されていること。労働市場が流動的で参入の機会が開かれていること。などの条件がないと、小農は賃金労働者になる場合でも混合所得の源泉である土地資産を放棄しようとはしません。したがって、いまあげたような条件が欠けている社会では、小農の分解は農民層分解論の古典が示したような経路とはいく分異なる方向をとります。日本の場合がその良い例です。
日本では、このような土地持ち労働者は統計でどう表現されているのでしょうか。農業センサスでは,農家を専業農家と兼業農家とに分類しています。そして兼業の中は職員、恒常的賃労働者、出稼ぎ、人夫、日雇、自営業の5つに分かれています。土地持ち労働者を恒常的な勤務に出ているブルーカラー労働者と狭く考えれば、恒常的賃労働兼業農家がこれに当ります。それは兼業農家総数の36%、約3分の1強に当ります。総農家に対する割合は31%です。しかし、職員、日雇いなどの雇用兼業者世帯全部を土地持ち労働者とみれば、それは兼業農家の83%、総農家の70%に当ります。つまり、土地持ち労働者のカテゴリーに入るのは、総農家に対する割合で31%から70%までの間のどれかになるわけです。農業と他産業とをともに自営する小自営業的農家は兼業農家の17%、総農家の14%になっています。

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