地域農業の組織化

農業生産の規模を拡大する上で制約となる技術的不利は、一人前の労働力を十分に投入することによってある程度カバーすることができます。以前には日本の小農は経営主夫婦、跡継夫婦、次男、三男労働力などの家族労働力を中心に、大きい農家では年雇、季節雇をもち、家族的協業および家族内分業を中心に営まれていたため、経営面積の大きさに対して十分な農業労働力をもっていました。しかし、小農の経営耕地規模でこのような家族内協業、分業体制を守る就業労働力を維持しようとすれば、過剰就業と低所得が構造化されます。非農業就業機会の拡大に伴ってまず次男、三男労働力が農業を離れ、それから、跡継も非農業兼業者となっていく傾向を強めました。農家成年層にとって都市で容易に就業機会があり自立できることになると、家長である世帯主の発言権は弱まり小農径営の基盤であった家族内協業体制は崩れはじめました。小農経営の維持は手労働に依存する限り不可能となっていきました。

スポンサーリンク

そこで労働節約的な生産方法の導入、つまり農業の機械化が急速にすすめられました。しかし機械の導入はふたたび経営土地規模の狭小という制約に打ち当り規模の経済を実現することができず、したがって非農業部門との所得均衡は小農経営の構造のもとでやはり困難でした。共同経営という経営形態は、このような壁を破るために農民内部で試みられたものでした。それは家族内協業の枠を外して、数家族が土地、資本を出資し合い経営を共同化するもので、この場合農作業は共同経営内の協業、分業体系に再組織され、参加メンバーの家族労働力の一部または全部がこの労働体系に組み込まれます。農林省統計情報部の農業生産組織調査ではこの共同経営を協業経営組織という名称で統計としてとらえていますが、その定義として協業経営組織とは二戸以上の世帯が共同で出資し、生産から生産物の販売、収支決算、収益の分配にいたるまでの経営のすべてを共同で行なう組織をいうとしています。
この農業共同経営の方式は、農業基本法の政策体系の中に組み入れられ、小規模農家群が自立経営コースとは別なコースをとる場合のひとつ、生産行程の全部または一部についての協業化として提示されました。
協業経営という名称には問題があり、協業という概念は複数の労働力が計画的に相並び相共に労働するという同一生産過程での労働の仕方についていうのであって、経営の性格を特徴づける概念として協業経営というようなことをいうのは無意味であるとされます。
その協業経営組織は基本法農政の意図に反してむしろ滅少気味です。昭和42年には約6000組織ありましたが、47年には4500組織に滅っています。43年から47年の間に解散した1138の協業経営組織の解散理由をみると、理由の明確なもののトップは資金繰りの悪化が248、次が構成員間の不和が104であって、その他に一括されている不明確な理由が約600あります。解散理由として表面に出ているものはかなり複雑です。しかし、公式的に割り切っていえば次のようにいえます。農業共同経営は、従来の小農的個別経営形態では対応できなくなり、小農の小集団が機械化段階に対応した共同経営という新しい経営体を組織しましたが、これが一個の経営体である以上、単一の経営的意志決定をしなければなりません。しかし、共同経営の参加メンバーは、元々各自が一個の経営主で、各個に意志決定をしていました。従来は参加メンバーの経営主の数だけの分権的決定をしていたものが、にわかに共同経営の単一の集権的決定を行ない、メンバーはそれに従わなげれば運営できない制度を作りました。それは自立自営の小農の魂にとって精神的変革を必要とします。これが長い間に様々な紛争のもとになる可能性があります。解散の様々な理由も突き詰めれば、ここに落ちつくのではないかと思われます。もっともこれは社会心理的要因だけを重視しすぎた見解と批判されます。それは工業、商業部門でもかつて初期には合名会社、合資会社の形をとって独立小自営業者が参加メンバーとなった組織形態から企業が成長したからです。農業共同経営が発展しないもうひとつの、もっと根本的な原因は、農業部門がすでに高度に完成した資本主義社会の体制内におかれているということです。小集団内部での不和、紛争はこの体制内におかれた小集団に発生する矛盾の現れともいえます。

田舎暮らし

農民経済の不安定と土地所有/ 農業所得の改善/ 地主小作制度と農業構造/ 土地改革の内容/ 土地改革の経済的効果/ 小農/ 農業構造モデル/ 小農の所得形成/ 小農における規模拡大/ 農業生産の技術的不利/ 地域農業の組織化/ 農業生産組織/ 農業と外部効果/ 農村の工業化/