小作料と地価の規定

農業生産の主体をなしている米作について、戦前の地主と小作人の関係を米価によって表すと、米価=石当り(費用価格部分+小作料の実現額部分)となります。この式において費用価格部分というのは、小作人が小作料を除いた米を売って、農具の償却や金肥の購入を行ない、生活物資を買って、とにかく米作の単純再生産と生活の単純再生産が行なわれていますが、生産の拡大も蓄積も不可能だったという現象をそのまま示す概念です。米の自己消費部分があるので全部を売るわけではありませんが、売ってから買い戻すと考えればよいのです。商人の利潤を無視すれば同じ価格で買い戻すと考えてよいからです。小作科の実現額というのは、小作料は現物であるため、小作米を売って得られる価格です。地主の自己消費分は上述と同様、売って買い戻すと考えて、式の形を変える必要がないとしているのです。

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人口増によって米の需要が増大すると、当然米価は上昇し、同じ小作料でもその実現額は大きくなります。そうすると米作は有利であるとして、米の供給増が需要の増大にちょうど等しくなるまで生産範囲の拡大、つまり水田開墾が行なわれます。この需給均衡の生じたときの米価が均衡価格です。そして、水田開墾の主体となるのは過去の小作料の実現額を蓄積した地主です。地主は開墾した水田を小作人に貸付けるわけですが、このことは水田を造成するために土地に投下した固定資本を小作人に貸付けることと同じです。つまり開墾費に相当する土地資本を貸付けるわけです。このことは、地主が開墾を有利と判断した結果ですが、地主はなにを基準として有利不利を判断するのでしょうか。それは株式、社債など証券利子率との比較です。開墾地からの小作料の実現額が開墾費に対する利子相当額以上に達する場合は有利であり、利子相当額に達しない場合は不利と判断するのです。この判断は、現実に、地主が一方では開墾を実行し、他方では証券を買ったり農民に貸付を行なったりして、その間に選択が行なわれていたという事実に対応しますが、産業資本家としてではなく貸付資本家として行動するものとしていることを意味します。こうして、小作料の実現額が開墾費の利子以上になっている米価水準では、開墾によって水田範囲は拡大を続けますが、ついには小作料の実現額=開墾費の利子に達したとき開墾は停止します。この時の米価が均衡価格になります。したがって米価は、米価=石当り(開墾費の利子+費用価格部分)になります。
全国の古くからの水田も開墾水田もすべて一定の反収を上げると仮定すれば、前掲の式とこの式から、既耕地の小作料の実現額=開墾地の開墾費の利子ということになります。土地の生産力の差を度外視すれば、古い水田の小作料を規定したのは、その時の米価における新しい水田の開墾費の利子であったわけです。
地価は、小作料の実現額の資本還元額とされるため、小作料の実現額を証券利子率で除した高さ、つまり土地の生産力の差を度外視すれば水田の開墾費に等しい。水田の地価が開墾費より高い水準にあるならば、開墾は有利な経済行為と考えられるわけであるため、開墾費が地価に等しくなるまで続くのは当然です。
上式は小作料の実現額を規定する基本式であるため、さらに土地の生産力の差等という条件を加えれば、生産力の高い水田では小作料は多く、その販売価格たる実現額も大きくなります。開墾地の方も取量の多少と開墾費の多少があるわけですが、単位開墾費当り取量の少ない水田の開墾費の利子が上式を規定するわけです。単位開墾費当り収量の少ない水田が地代論における限界地に対応する機能を果たします。開墾費を投じなければ限界範囲に入れないからです。生産力の差を度外視すれぱ開墾地全部が限界地です。
上述の基本式は、水田の小作料の実現額がなぜ畑の場合に比較してはるかに高かったか、したがって、なぜ水田が畑に比較してはるかに有利だったかという、日本農業の秘密を教えてくれます。それは、水田開墾は畑に比較し、おそろしく多額の開墾費を必要とするという事実です。水田には水の施設が必要で、畑には普通その必要がありません。貯水池、堰、水路等々、水田の地盤造成、畦畔などもその施設と見なせます。もちろん、畑にも開墾費はかかりますが、上記のような施設の必要がないのではるかに安くできるのです。
古い既耕地でも、水田の小作料の実現額は新開墾地の開墾費の利子によって規定されているため、開墾費を多額に必要とする水田の方が畑に比較してはるかに高い小作料の実現額になる必然性があったわけです。したがって、古い既耕地では水田の方が畑に比較してはるかに有利であったのも当然です。しかし、開墾地では開墾費の利子しか小作料では得られないわけであるために特に有利ではなく、開墾がどんどん進んで米価が暴落するような状態にはなりえなかったわけです。
水田と畑では開墾費に大差があるので、地価にも大差があったことは当然です。
戦前の米、麦、豆の反収は他に比較して多いのに、価格ははるかに高く、こういう傾向は江戸時代から小作関係を無視できる今日まで続いており、生産費に多少の差があるとしても米作は他よりはるかに有利のものとされているのです。こういう状態の下で、もし、水田開墾が容易でそれほど多額の費用を必要としないものならば、不利な畑はすべて水田に転換して、米価は麦や豆より低い水準で、田畑の均衝ができるはずです。ところが水田を造成するのに多額の費用が必要なので、他作物より取量が多いのに価格が高いところに均衝点が現われます。つまり、水田は簡単に造成できないので、その範囲は限定され、古い既耕地の有利性が維持されるのです。米は取量が多いので、現物小作料は収量の50パーセントにも達しました。価格が高いため残る50パーセントでも小作人の再生産と生活が成り立ったのです。畑の場合には、収量は少ないのに価格が低いために、小作人の得る費用価格分は収量の大きな割合を占めざるを得ず、小作料に充当できる部分は水田に比較してはるかに少なくならざるをえませんでした。地主の立場から考えると、古い既耕地では畑は水田に比較しはるかに不利にならざるをえなかったのです。

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